嘘八百万

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コラム第七回「着メロ・着うた〜音楽の使い捨て〜」

大量生産・大量消費の時代ですよ。もう、クローン羊のドリーがはるか昔の出来事であるように、バイオ科学の進歩が発達してバイオハザードみたいな、ゾンビがグワー押し寄せてきて「YOU DIED」みたいな、そんな時代ですよ。いきなり「あなたは死にました」とか言われても!

文章の頭っからおおいにつまずいてしまって申し訳ないのですが、そんな突然「あなたは死にました」とか言われかねない現代、商業主義がすべてを支配する時代です。

「へい!大将!開いてるかい!」

「すいませんねぇ、お客さん。今日はちょっと店を開けられねぇんですよ」

「そりゃ残念だ、大将の握るマグロは絶品なんだがなぁ。なんかあったのかい?」

「いやぁ、バイオ養殖場で事故があったらしくて、配送ができねぇらしいんです」

「そいつぁてえへんだ。そんじゃ、店はしばらく休まなきゃなんねえんじゃねえか?」

「いや、マグロのほうは別の養殖場で工面できるんでいいんですがね、また別の問題があるんでさあ」

「おう、いってえどうしたってんでい?」

「いやぁ、全自動シャリ製造機の調子がイマイチでねぇ、生米が混じっちまうんでさぁ」

「そうなのかい、で、それはすぐに直るのかい?」

「そいつがですねぇ、メーカーのほうに問い合わせたんですが、ちょっといざこざが起こりまして」

「ほう、いったいどうしたんでえ?」

「いやね、この機械に変えたのが1年くらい前のことなんでさぁ。メーカーの保障期間は1年なんですが、まだこの機械は1年たってなかったんだが、やつら使い方が悪かったんじゃねえかとか言いやがる。そうこう押し問答してるうちに1年が経っちまってですねぇ。保障期間が過ぎちまったんでさぁ」

「てやんでぇ!つくづく潔くねえな!メーカーは顧客に最大限のサービスをするのが道理ってもんじゃねえか!大将!訴えようぜ!とことん賠償金をかすめ取ってやる!」

まぁ、これはですね、古典落語でおなじみの「クローン大将」ですけれども。オチが

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「へい、らっしゃい」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!大量の大将に江戸が!江戸がぁぁ・・・・・」

でおなじみの「クローン大将」ですけど。もう、「ヤフオク詐欺長屋」と並んで二大古典落語とされている「クローン大将」ですけどね。情緒あふれる江戸の町も大量の大将によって今や見る影もない、廃墟の町ですよ。それくらい商業主義が蔓延している社会です。大量生産・大量消費・大量大将です。

音楽に関してもそういった現象が起こってまして、まぁ、別に昨日今日起こったことじゃなくて80年代のロックの大衆化とか、産業ロックみたいな、あの時代から商業主義的音楽みたいな、そんな感じのことを言ってる人がいたわけですよ。まぁ、「産業ロック」と「商業主義音楽」とはまた違うっていうか、「主体となる人が違う」という認識を僕はしてるのですが。

まぁ、当時のことは僕も幼かったり産まれてなかったりするのでわかりませんが、ここ数年の音楽の消費っぷりはめざましいものがあります。キャリオウケーで歌うことを前提としたシングル中心シーン。それに伴うベストアルバムの乱発。均一化した音楽に差異性を持たせるためのキャラクター性。そんな感じの文章をどこかで読んだことがあります。僕はあんまりよくわからん。

そんな音楽消費主義だそうですが、今その最先端を行っているものが着メロとか着うたとか、着信音ビジネスなのではないでしょうか。

まぁ、僕も一応携帯電話なんてものを持ってましてね。かかってこない・かける相手がいないということでもはやテレビのリモコンとなんのかわりもないようなケータイなんですが、ね、僕も購入当初はこんなことになるとは思ってなかったさ。購入してから3年半後に機種変更するまでの総通話時間が11分って!

総通話時間が11分、しかもそのほとんどがこちらからの電話で、留守電につながって返事はなしという、もはやなんのコミュニケーションツールにもなっていない僕の電話ですが、購入当初に「ケータイといえば着メロよね!」ってことで、コールドプレイの曲を入れてたんです。「イン・マイ・プレイス」のね。

ところがですね、数少ない相手からの電話を着信したときにあのコーラスの「イエ〜イ」の部分が鳴るじゃないですか。そしたらさ、もう、なんか、怖いんですよ。電話に出るのが怖いの。そのうち着メロ自体が怖くなっちゃって、もう、何度か僕の電話に着信があったあと、コールドプレイは消しました。あのまんまじゃコールドプレイ自体を嫌いになりかねん。

まぁですね、これはあくまで極端な例、「あまりにも電話に出ることが少ないために電話恐怖症のようになってしまった」っていう例なんで違うとは思うんですが、やっぱり本当に曲を好きな人だったらその曲を着メロ・着うたにするっていうのはありえないと思うんですよ。

やっぱり好きな曲だったらちゃんとした音質、ちゃんとした環境、そしてちゃんとしたものを聴きたいじゃないですか。それを「ケータイのちゃっちいスピーカーから人ごみの中でただの着信音として聞く」っていうのはどうも・・・本当にその人がその曲を好きなのか疑いますよね。

そんなわけで、音楽の文化的価値といいますか、本当にそんなものがあるかどうかはわかりませんが、音楽性の発展という面からすれば着メロ・着うたがそこに寄与するとは考えがたいのではないでしょうか。

着信音として音楽を使い捨てにした結果として発展するのは使い捨てることを前提とした音楽であり、そこから発生するのは「音楽の大量生産」という、決して健全とはいえない状態です。

日本のバンドブームにイギリスのブリットポップ、有象無象のバンドの乱発の末、「あの人は今」という人も少なくありません。その有象無象一つ一つの音楽にそれぞれ思い入れを持っているリスナーがいればいいものの、使い捨ての音楽であるが故にそれもなし。

確かにチャンスの増加という意味ではポジティブに捉えられなくもない、しかし「そのチャンスをつかんだところで得られる成功もたかが知れている」ということも言えるわけです。

じゃ、音楽にとってどちらがいいのかと言われればそれは甲乙つけがたい。「優れていても少数にしか聴かれない音楽」と「価値はないが多くの人に聞かれる音楽」のどちらも十分ではない、必要なのは「多くの人に聴かれる優れた音楽」であり、残念ながらそういった音楽が生まれる土壌は存在していないのではないかと。というよりも「そんな状態は永遠に訪れない」といったほうが正確でしょうか。

確かに現代の過剰な商業主義も悪い影響を及ぼしているかもしれませんが、音楽の価値というものは非常に曖昧なものであり、なにがいいのか、悪いのかは各々のリスナーに負う部分が大きいのです。そういった点では絶対的とも言えますが、最もわかりやすいところでビートルズ、別にこれはベートーベンでもバッハでもミスチルでもいいのですが、その現代での評価というのは絶対的か相対的かで言えば相対的なものなんですね。

今の時代にビートルズが出てきても芳しい評価は得られないでしょう、それは「ビートルズが好きです」といってる人が「『レットイットビー』と『イエスタデイ』しか知りません」みたいなことが起こりうるという状況が証明しています(店でボンジョヴィが流れたときに「お、ビートルズだ」と言ってみたら一緒に飲んでいた女の子が「あたしビートルズ好きー、この曲いいねー」と言った、というネタを思い出しました)。

しかし、その相対的な評価はアーティストが出てきたときになされた絶対的な評価の上に成り立っているという点が重要であり、(情報が途絶えてしまえばその評価が水の泡となる危険性をはらみながらも)その点があるが故に現代に至るまで高評価を得ていると言えるのです。

使い捨てにされてしまえば後世に伝わることなんかありませんし、まさに現代はそういう状況になっているのです。過去の曲ですら使い捨てに加工しようとしている。

遠い将来を見据えれば「ここですべての音楽が均一化して消え失せる」というのは面白いのかもしれませんが、それは現代に生きる僕としては非常に困ります。やっぱ、音楽をやる身としてはね。

着メロにする前提で曲がつくられるという時代はそう遠くないのかもしれませんが、それが目的とされる音楽が世間を席巻するような(おぉ、無意識のうちにダジャレが!)時代はご勘弁願いたいものです。でも、リスナーの嗜好からするとしょうがないのかな。

で、なんだかんだで着メロにケチをつけてきた山崎さんですが、まぁ、ね、その、なんといいますか、うん、僕の曲が着うたになるみたい

まぁ、待て、待ちたまえ!凶器を取り出してはいけない!「こいつ、言ってることとやってることがバラバラだからボコっちまおうぜ!」とか言い出してはいけない!

僕ってば音楽はやっているけれど知名度たるや低い低い、井川が今後メジャーで活躍できる可能性より低いじゃないですか、なんか、3ホーマーで降板だって?もう、帰ってきたほうがいいんじゃないの?って井口に対してこんな感想を述べてますけど僕の知名度はそれより低いからね。

そんな誰にも聴かれない音楽をやるのは非常に不毛なわけですよ。そこに、その、「J−KEN」っていうところに音源を登録してるんですが、「着うたにしませんか」というお知らせですよ。

これね、お金がかかるんだったら即座に「結構です」ってなって会話の余地は一切ないんですが、もう、どうやら僕は一銭も払わなくてもいいみたいなんでね。それならやってみるのもいいじゃない!

大体ですよ、こういう言い方はよろしくないかもしれませんが、誰がこんなどこの馬の骨ともわからない、チビデブハゲ水グソジョロロー引きこもりニート野郎の、まぁ、自分でもここまで言うことないじゃないかと思うのですが、そんな死んだほうがいいダメ人間の着うたなんか落とすかってことじゃないですか。ダウンロード自体にパケット代がかかるというのに、そのうえ着うたでまで金を取りやがる!31円も!

まぁ、そんなわけで、着うたになりますのでね。興味のある人はパケット代と31円を自分で負担してダウンロードしてみてください。僕だったら絶対に落としませんが。

さて、「そんなこと言っても実は全部捏造でただの狂言かあるいは脳ミソ腐っちゃってるんじゃねえの?」とお思いのそこのあなた!アクセスはこちらなのです!さぁ、まずはケータイを開きなさい!そしてインターネットのアドレスを入力できる状態にしなさい!できましたか?それでは、次のアドレスを入力しましょう!

http://music.j-ken.ne.jp/_ymzkknj/

さぁ、入力できましたか?そしたらケータイの真ん中辺りにある丸いボタンをポチッと押すのです!さぁ!あなたの携帯電話はインターネットの大海原に繰り出した!パケット代には気をつけろよ!

さらに!現代では携帯電話にカメラがついていることも多くなりましたが、なんと!「QRコード」というものを読み込むことができる最新の機種ではそのコードを読み込むだけで僕のページにたどり着くことができるのです!ルーラ!ルーラだね!サンタローズからアルカパまでルーラです!もう、そんだけ近かったら歩いたほうがいいだろ!そんな便利なQRコードはこの下です!

すごいケータイで撮影しよう!


さて、コラムと銘打っておきながら最終的にはただの告知になってしまったいきのねコラム!次回のテーマは「幸福〜不可能な自己実現の強制と経済成長〜」でお送りいたします!

テーマ:着うた - ジャンル:携帯電話・PHS

  1. 2007/07/03(火) 00:02:15|
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